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灰色の朝に、青を見た

雨が降っていた。朝の通勤電車の窓は白く曇り、外の景色はぼやけていた。
加奈は傘を膝の上に立て、スーツの袖についた水滴を指で拭った。昨日も、そしてその前の日も、同じ電車の、同じ時間、同じ車両に乗っている。目の前の広告の文字も、隣の人のイヤホンの音漏れも、すべてが習慣のように流れていく。

ただひとつだけ、違うのは——向かいの席に座る彼の存在だった。
淡いブルーのネクタイを締め、いつも文庫本を読んでいる。タイトルは見えない。でもページをめくる手の形や、眉間の少し寄った表情を、加奈は毎朝見逃さなかった。

彼がページを閉じると、ほんの少し視線が上がる。その瞬間、窓の外の光が彼の横顔を照らす。灰色の世界に、ひとすじの青が差すような気がした。

電車が駅に止まり、彼が立ち上がる。降り際、ふとこちらを見た。加奈は慌てて視線を逸らしたが、心臓が跳ねる音が耳の奥で響いていた。

その夜、帰り道の書店で、偶然、彼が読んでいたのと同じ本を見つけた。ページを開くと、ふとインクの匂いがした。どこかで嗅いだことのあるような、懐かしい匂い。

次の日の朝、加奈はいつもより少し早く家を出た。雨はやみ、空はまだ白い。
けれど心のどこかで、あの青が待っている気がした。

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